中学生にあがって、定期テストでいきなり順位付けがされても、それまで順位が付けられることに対して全く意識してこなった場合、何位であろうが特に気にならないのではないでしょうか?

子供はもちろん、親御さんの順位に対する意識が希薄になっている気がします。

私は「1位以外はビリと同じ。何でも1位を目指しなさい。」「テストでは100点を取りなさい」と教育されてきました。もちろん、そうは言うものの、結果が伴わなくても、頑張ったこと自体は褒めてくれました。
もちろん頑張った結果、結果が伴えば嬉しかったですし、自信に繋がりました。

また、そろばんの試験、英検等、小学生のうちから、合否判定が出される経験をしてきました。
これも同じく合格すれば嬉しかったですし、不合格だったら、悔しかったです。

サッカーの試合も同じような位置づけでした。勝敗がつくものは、やはり勝ちを目指す。

このような経験は長い人生を生きていくためには必要ではないでしょうか?

昨今、運動会では順位を付けるな!人と比べるな!その子にはその子の個性がある!というような風潮があります。

まず、個性とはやることをやってから出てきます。
何も頑張らずに、好き放題やらせることが個性ではありません。
そこを勘違いしている親御さんが多いと感じます。

社会に出てからは、明らかな順位付けをされるということは少なくなりますが、人と比べられた結果、秀でていれば昇進します。
頑張らない人は会社には必要ありません。

自分の立ち位置を知るには、順位付け、人と比べられることは必要です。
その中で自分を高めていく。

お子さんを、自ら勉強する子にしたければ目の前の課題に一生懸命取り組み、何かしらの結果が出る経験をさせてあげてください。

親御さん自身がそのような経験をしてきていない場合、子供にそういった経験をさせるという発想にはならないかもしれません。
お子さんが自ら、そのような環境に向かうことは難しいです。
親御さん自身が、色々な考え方を吸収して、お子さんをそういった環境に送り込んであげるしかありません。

親御さんのこれまでの経験だけで判断しては、お子さんの将来のためになりませんよ。
親御さん自身が一生懸命勉強してきて、大学を出て、広い世界で生きてきた結果、勉強は必要ないと判断したのであれば、その考えは尊重します。
しかし、狭い世界しか知らず、その考えだけに縛られたのでは、今の時代に合いません。

今や大学に行くのなんて当たり前の時代ですし、未だ学歴社会の日本においては、大学に行かない=子供の夢の幅が狭くなるということです。

お子さんに将来の可能性、夢について話した結果、お子さん自身が大学に行かないと判断することは尊重できます。
そうではなく、親御さんの考えの甘さで子供の将来の幅が狭くなるのは、お子さんが可哀想です。

親御さん自身が成長し、子供を良い方向に導くため、時には厳しくすることも必要ですよ。
お子さんが嫌だということに対して、「やらなくていいよ」と言っていませんか?
やりたいことだけやらせますか?そんなに世の中甘くないですよ。

ついつい厳しい話になりましたが、お子さんの将来のためになるのは何か。
一度真剣に考え、教育の方向性を決めてあげてください。